サツキログ

DINKsの30代OLによるライフスタイルブログ。日々の生活/旅行記/キャリア/カルチャー関連など。元社畜です。

サンフランシスコの思い出@卒業旅行【後編】ツインピークス未遂事件/リスク管理/振り返り

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大学時代の卒業旅行にサンフランシスコに行った、今更備忘録。

前回の主な観光内容から、今回は後編です。

www.satsukilog.com

旅先でのヒヤヒヤ…ツインピークスバス事件

さて、何分旅慣れていない者の経験なので、少しヒヤッとしたこともあります。

町全体を見わたせるビュースポットであるツインピークスに行くバスでのこと。。

この旅はじめてのバスを利用。乗り方も、はたまたバスの系統が合っているのかもわからない。日本のバスでさえ路線が入り乱れてややこしいのに、海外でそれに乗ろうなんて、慣れない私にはそもそもチャレンジが無謀すぎている。

本当に着くのだろうか。。不安をよそに、なんだか治安の悪そうな住宅街を走るバス。

途中、アングラな感じのアフリカ系グループが乗り込んできた。

最初はこそこそ話していた彼ら、アジア系の女が一人で乗っているのが物珍しかったのか、あろうことかそのアングラグループが私の席の四方を囲んで何やら話しかけてきたのです。

外国。一人。乗車ルート不明。窓の外活気ない。アブナイ感じのアフリカ系。密閉空間。=コワイ。。

緊張と恐怖で何も言葉を返すことができず黙っていると、見かねたのか、面白くなかったのか、彼らは途中で降りていきました。

もしかしたら助けようとしてくれたのかな。と今でこそ思うこともできますが、当時そんな余裕はゼロ。

勇気を出して、運転手に本当にツインピークスに着くのか確認すると「乗っとけ」みたいなジェスチャーをされ、なんとルート一周して元の始発地点まで戻ってきましたとさ。

そこから同じバスに乗ったのか、違うバスで試してみたのか、、よく覚えていないものの下記のような写真が残っています。

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どこや、ここ。めげずに挑んだ自分をほめてやりたい。。

もやはどうやって行ったのか、これがツインピークスなのかも不明。『探偵ナイトスクープ』の探偵さんに、ここがどこなんだか追及してもらいたいくらいのレベル。

とにかく、今でもこれが私のツインピークスだと信じています。絶対違うけどね。

 

観光の際に気を付けていたこと(治安・夜道)

またほぼノープランだったとはいえ、さすがに最低限のリスク管理はしていました。

その1、治安の悪い所には絶対に近づかない !!!

事前に危ないと言われる区画だけはチェックし、その近辺は歩かないことを徹底。ジャパンタウンなどにも行きたかったのですが、治安が悪いとされている地域に密接しているので諦めました。

その2、夜は出歩かない!!

夜の外出はほぼしていません。本来ならば地元のバルや名店で美味しい晩ご飯を食べることが旅の醍醐味、、あぁもったいない。

銃社会の町を旅慣れていないアジア系の小娘が独り歩き、ということにビビっていたので、暗くなるころにはホテルに帰ることがマイルール。テイクアウトしてきたアメリカンなフードや、スーパーで買ったでっかいキノコみたいなマフィンで、一人パーリナイでした。

f:id:stk5:20210228142448j:plain日本食のテイクアウト。こんなスパイシーなネギトロ丼、食べたことない。(よくない意味で)

あとは、スリ対策で財布を分けたりとか。何かあったときのために10ドルを現ナマでパンツのポケットに入れていたら、すれ違った怖そうなおっちゃんが見えてることを教えてくれたりとかもあったな。

そういう、この人は大丈夫・アブナイ、といった嗅覚も旅には絶対に必要だけど、当時そんな余裕は待ったくなかったよ。(今もいうほどあるわけではないが)

そして結局、安パイな町歩きに落ち着く

で、結局は安パイなダウンタウン近郊の町歩きと、おなじみのケーブルカーに落ち着くわけです。

町のショッピングモールらしきところや本屋・雑貨屋に入ったり。ケーブルカーにのって以前とは違う駅でおりて、ガイドブックに載っている近くの名所を歩いてみたり。

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結局のところ、行動範囲がある程度限られてくることになり、その中で図らずとも「町を歩く」「現地の日常の空気を吸う」ことが目的が果たされた旅でした。

 

最後に:思えば不完全燃焼だった未熟な旅の思い出

あれから年月がたった今でも、サンフランシスコの旅のことをたまに考えます。

一体狭い範囲で何をしていたんだ、とか、何もわからないのによくぞ両替できたな、どうやってやったんだ、とか、色々振り返ると謎は尽きません。

自分なりに調べ、歩き、その時は満足して楽しかったのですが、今思えばまだまだ未熟だったし、できることはきっともっとあっただろうなぁ、と。なんか、必要以上に警戒センサーを発動させていたんじゃないかなぁ、とか。

お洒落なショップがあるというユニオンストリートやフィルモアストリートにも、本当は行きたかったけど、行けなかったなぁ。地図上でいうと、ほんのすぐそこの距離なのに!

スマホの普及・情報量の増加といった外的な部分と、自分自身の(わずかばかりの)知見や度胸といった内的な部分。色々含めてあれから大きく変化した今、旅中での目利きも多少はマシになっているだろうし、もっとサンフランシスコを楽しめる自信がある。現地の人と臆さずコミュニケーションをとることも、きっとできるだろう。モロッコ人のしつこい声掛けに比べたらサンフランシスコなんてラクなもんである。

ツインピークスにも前よりはいささか確証をもって行けるはずです。笑

f:id:stk5:20210228142800j:plain帰りのサンフランシスコ空港にて

今となっては初々しい旅の思い出ですが、多分これがあったからブランク10年でいきなり挑んだ"世界三大うざい国"のモロッコでも超楽しんで帰ってこれたし、1人でマイナー国のウズベクに行くもの迷わなかった。ウズベクではSIMロックの解除忘れで現地SIMが使えないという大失態をおかしても、旅自体はなんとかなった。台湾に至っては日本にいる感覚とほぼ同じだった。

私の海外旅行経験は大して多いものではないけれど、こうしてみるとサンフランシスコからレベルアップもできているような気もするので、面白いものです。

なんだかんだ、経験って次につながってゆくのでしょう。旅に関わらずね。

それでいうと、実は私のゼロ地点は大学3回生で行ったオーストラリアへの短期語学研修でしたが、割愛します。こちらはまたの機会にでも。

 

さて今更なんの情報にもならない、一小娘時代の私の未熟な旅行記を読んでくださってありがとうございました。

ずっとずっと、デジカメのデータと心の中の思い出でしかなかったものを、こうして形に残してあげることができて本当によかったです。

これでサンフランシスコの思い出も居場所ができました。